緋の花128
「クニ……今のお前、どう見ても魔物やで……」
少し息を乱しながら秋星が扇情的な目で邦一を見てくる。
「え、そうなのか……?」
そう言われてみると薄暗い部屋の中、まるで明るい時のように細部までよく見える。魔物となって徐々に回復してくると、確かに暗いところも人間だった頃よりよく見えるようにはなっていたが、今はそれより更によく見えていた。もしかしたら完全に魔物の目にでもなっているのだろうかと、一瞬あの男の目が過った。
それなら自分でも見ておきたい。あの目だけは嫌だと思うが、自分ではっきりと確認しておきたい。だが今しようとしていることを中断したくもなかった。
「……くそ。後で見る」
「後やったらもう人の姿になってるかもやなぁ」
秋星が笑う。そんな仕草すら、今の状況では邦一を堪らなくさせてきた。
「どういうこと」
「多分やけど、お前興奮したらその姿になるんちゃうか」
「なにそれ……」
「怒ったり興奮してたまについ関西弁出るやつが呆れるとこちゃうやろ」
また笑われた。邦一は堪らず行為を続けようとする。
「せっかちやなぁ。溜まってんの?」
「溜まってるに決まってるだろ」
さすがに死にかけていた時はそんな気になどなるはずもなかったが、回復してくればくるほど、そういった欲も回復してくる。それを把握してるのか、暫くすると秋星は病室で時折誘うような触れかたをしてきたりキスをしてきた。
「秋星、やめろ……」
「何でやねん。俺らパートナーやろ? 触れて何が悪いねん」
「触れられたら触れたくなるだろ」
「触れてええで?」
「ふざけんな、こんなとこでその気になったらどーすんだよ」
「そんだら抜いたろか?」
「……頼むから、ほんとやめて……。普段から先生なり見舞いの人らなりがちょくちょく来るんだぞ……!」
「は。そーやって堪えてるクニ、エロいし可愛いなぁ」
「……お前」
「俺かてお前が入院してるせいで性交どころか血ぃや体液までお預けなんや。お前も苦しんだらえぇねん」
「相変わらず性格悪い……!」
呆れたように言いながらも、以前のようなやりとりが秋星と出来るようになって実は邦一としては嬉しかった。その分、余計に秋星への欲が溜まらないはずなどなかった。
家へ帰ってからは暫く、家の人たちに挨拶をして回った。その後、退院おめでとうと皆で豪華なものではなくささやかな食事会をしてくれた。橘の人たちが豪華にしない辺りがむしろ邦一を思ってのことだと分かるだけに、邦一は余計に嬉しかった。
そして夜、ようやく秋星の部屋で二人きりになったとたんに邦一は秋星を抱きしめ、押し倒していた。
秋星には「そんなんして体、大丈夫なんか」と言われたが、そう言ってくる間も秋星は誘うような視線を送ってくる。邦一は「口だけだな」と囁きながらその口をキスで塞いでいた。
秋星は邦一が溜まってるに決まっていると答えるとまた楽しそうに小さく笑ってきた。
とたんに邦一もそういった欲だけでなく、嬉しさも込み上げてくる。
泣くところなど、もう絶対に見たくない。
控えめな笑みを浮かべる秋星がこうして改めて見られて、本当によかったと思った。
「……」
秋星が何か思い出したように体を起こす。
「クニ、離して」
「何するんだ……?」
邦一が聞きながらも渋々離すと秋星は立ち上がり、姿見を持ってきた。そして邦一の前に置く。
「見たいんやろ。鏡、見てみぃ」
そこには確かに自分がいた。
だが目がまず違う。幸いというか、あの男のような猫の目そのものではなかったが、少々鋭くはなっている。何より目の色が違った。暗闇でも分かりそうな金の色をしている。
歯も変わっていた。犬歯だろうか。そこが鋭くなっている。
「歯……」
「歯ぁぐらい鏡見んでも気づかんのか? 牙やろな、それ」
髪の色は変わらないように見える。垣間見た秋星の美しい銀色を思い出しながら、邦一は改めて自分の長い後ろ髪のひとふさを持ち、じっと見た。黒髪に見える。ただ、何となくもっと深い色にも見えた。
「黒、だよ、な……?」
「もしかしたらちょっと違うんかもな。光にあてたら分かるんちゃうか。明日、朝日の中でエロいこと、しよか」
「……」
微妙な顔で秋星を見た後で、邦一はもう一度鏡を見た。
「もっと変わるものかと思ったけど……俺は俺だな」
「猫耳や尻尾でも期待したんか」
「何で自分にそんなもん期待すんだよ……」
「ほんだら俺に生えたら興奮する?」
「何でだよ……そういうよく分からん好みはないし、だいたいお前何にでも化けられるんだろ。どのみちありがたみも何もなさそう」
「おもんないやっちゃなぁ。ちゅーか、クニってあんま驚かん生き物やよな。脇腹のそれ、何も言わんけど何とも思わんの」
秋星が指差してきた。
脇腹からおそらく背中にかけて、魔物になってからの邦一には刺青のような模様が浮き出ている。
だが邦一がそれに気づいたのは今ではなく、入院している頃だった。まるで煙のような模様のそれに戸惑ったが、もしかしたらケット・シー特有の何かかもしれないと思い、臨太郎が訪れて来た時に聞いた。すると臨太郎は「やっぱ同じ系統だよねえ」とニコニコ腕をまくってきた。そこに、邦一のものと似た刺青のような模様があり、何となく納得していた。
「これは今の魔物らしい姿じゃなくてもあるから……。入院してた頃に気づいたんだ。臨太郎に見せたらあいつの腕にも同じやつがあった」
「は? 何で俺が知らんとこでチャラ猫とおおてこんなとこ見せてんねん」
「会ったっていうか見舞いだろ……それに俺はあいつの眷属みたいなもんなんだろ。あいつの影響かもって思って見せるの普通じゃないか?」
そう言い返すと嫌そうな顔をしてきた。思わず笑ってしまう。
「何やねん」
「いや。可愛いなと思って」
「……はぁっ? クニの癖に生意気なやっちゃな」
「……。なぁ、そんなことより、もう再開していいか……?」
自分の姿に好奇心が湧いてそちらに気がいったとはいえ、溜まったものが発散される訳ではない。おまけに生意気だと言いながら照れている秋星に余計堪らなくなってきた。
邦一は返事を待たずに秋星を抱き寄せた。
秋星としては魔物らしい姿にもっと驚く邦一を期待していた。
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